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大阪高等裁判所 昭和56年(ラ)186号 決定

抗告人(申請人) 中村実

相手方(被申請人) ミツギロン工業株式会社

原審 大阪地方昭和五六年(ヨ)第五二号(昭和五六年四月九日決定、一三巻一号四二五頁参照)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

当裁判所も本件仮処分申請は失当として却下すべきであると判断するが、その理由は原決定の理由と同じであるからこれを引用する。

よつて、原決定は相当であるから本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 小西勝 坂上弘 吉岡浩)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方は別紙物件目録記載の物件(イ号物件)を製造してはならない

右物件に対する相手方の占有を解いて大阪地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

申請費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

との決定を求める。

抗告の理由

一 原審裁判所は、抗告人の仮処分申請を理由なしとして却下したが、抗告人の申請は、法律上の理由からもまた証拠の点からも理由があるから、原決定を取り消して前記抗告の趣旨記載のような仮処分命令を求める。

二 原決定は、却下の理由として仮処分の必要性なきことに名を藉りて、実は本件実用新案権の登録の無効を理由として申請を却下したに等しく違法である。

仮処分の必要性なき理由とされているのは、無効審判において登録無効とされる蓋然性が高いことが主たるものである。

言う迄もなく、工業所有権の侵害の有無に関する紛争において、登録無効は抗弁となり得ないのであり、之を裁判の理由とすることは出来ない。原審において、相手方は抗告人の実用新案権が公知公用である旨の主張をしているが、イ号製品が本件実用新案権の権利範囲に抵触しないという主張は全くしてをらず、相手方の主張自体失当と言うべきであるに拘らず、原審は右主張を認めて申請を却下した。原審には、たとへ理由中の判断にせよ、実用新案権の無効の判断をなす権限は無い筈である。

三 原審決定は、本件実用新案登録請求の範囲のうち、

「之とは別に形成した下面に、滑り止め用凹凸部を有せしめた靴底部の上面に、前記甲部と一体的に形成した肉薄底部の下面を溶融、若しくは、接着剤を用いて全面的に接着した」の部分について、疎乙第四号証新聞広告欄に図示されている水仕事用靴の滑り止めシートの作用効果と同一視し、相異点を看過している。疎乙第四号証には、甲部と一体的に形成してある底部に全面にではなく、土踏まず部分を除く下面に、部分的に各別に滑り止めシートを貼付したものが示されているに過ぎない。

また、土踏まず部分に滑り止めシートを貼付しない故、甲部と一体的に形成してある底部は薄いものでなく、厚く構成されている。さもないと使用にたえられないからである。

本件実用新案は、甲部の成形に当つて肉薄底部を同時に成形してあり、靴本体と靴底部の接着が極めて広い面積で行なうことが出来るので、両者を強固に一体化出来る極めて顕著な利点を有するものである。

四 また請求の範囲のうち「軟質の合成樹脂材料で甲部と薄い底部を一体に靴本体を形成する」部分についても、疎乙第一号証の実公昭四三―一六一三〇の実用新案公報に記載されていると認定しているが、疎乙第一号証の考案は、本件考案の如く、甲部に一体的に形成してある底部を薄く構成してあるものではなく、甲部に一体的に形成してある底部そのものが、直接に接地するものであるために、本来的に底部を構成するに必要な程度に厚く構成されるもので、このことは、疎乙第一号証の第一図の縦断面図からも裏付けられる。

五 原審決定は、本件実用新案の登録請求の範囲のうち、

(一) 軟質の合成樹脂材料で、甲部と薄い底部とを一体的に形成して平面細長楕円形の靴本体を形成してあること。

(二) この靴本体の上部に長さ方向一側に偏して、全長の1/2長より大きくした平面楕円形状の足挿入部を形成し、この足挿入部の開口部の全周縁を外方に、朝顔状に突出させてあること。

(三) 合成樹脂製水仕事用靴であることの三要件は、実公昭四三―一六一三〇の実用新案公報(疎乙第一号証)に記載されてをり、本件出願前、既に公知であり、前記第三項記載の請求の範囲記載の要件は、疎乙第四号証の広告欄に図示されている水仕事用靴の靴底部に、滑り止めシートが貼着されていることによる効果と同一であり、底部に凹凸を持たせる構成は、実公昭四六―二〇三三四号の公報(疎乙第三号証)に記載されて公知であり、早くから運動靴等の底部にみられる公用の技術であるという。しかしいづれをとつてみても、本件考案の「甲部と別に形成した靴底部の上面に、甲部と一体的に形成した肉薄底部の下面を全面的に接着した」という構成は全く示されていないのであり雪靴や、運動靴と全く異なる限られた用途、形状の水仕事用靴において、右の構成を用いる点に全く従来の考案に見られない新規性、進歩性がある。

実用新案における考案の進歩性は、発明の進歩性とは異なり、「きわめて容易」でなければ足りるのである。本件考案は、前記の構成を有する組み合はせの考案であり、しかも之を水仕事用靴に用いた点に、組み合はせによる考案である点に進歩性が認められるべきである。

六 仮処分の必要性

相手方は、イ号製品は「抗告人の権利侵害品ではない」とか「工業所有権上の問題は解決する」「製法特許を有している」と広告し、製品ラベルにも表示して売込んでいる。

併しイ号製品が、本件考案の登録請求範囲に牴触することは既述のとおりであり、イ号製品の販売によつて、抗告人の権利が侵害され、著しい損害を受けるおそれが強いのである。

物件目録(省略。一三巻一号四三〇頁及び四三一頁参照)

一 原審決定は左の点を看過している。

(一) 本件考案が「軟質の合成樹脂材料で、甲部と薄い底部とを一体的に形成して平面細長楕円形の靴本体を形成し……之とは別に形成した下面に滑り止め凹凸用部を有せしめた靴底部の上面に、前記甲部と一体的に形成した肉薄底部の下面を溶融、若しくは接着剤を用いて全面的に接着しているが、甲部の形成に当つて肉薄底部を同時に一体的に形成してあるので、両者即ち靴本体と靴底部の接着が極めて広い面積で行なうことが出来るので、両者を強固に一体化出来る極めて顕著な利益を有する」ものである。(本件実用新案公報(疎甲第一号証)第一頁左欄第二二行目、同右欄第二四行目、同第三五行目、並びに第二頁左欄第五行目乃至第八行目に記載の通り)

(二) 実公昭四三―一六一三〇号(疎乙第一号証)のものは、甲部と下面が平滑で且つ厚さが大なる底部と甲部とを一体的に形成したもののみから構成されたものに過ぎないものであつて、前記の本件考案の構成要件が全く示されていない。

疎乙第四号証の広告記載のものにも、疎乙第三号証の実公昭四六―二〇三三四号の考案にも本件考案は現わされていない。

(三) 仮に本件考案に新規性、進歩性が認められずに、本件登録実用新案が無効となるものならば、特許庁により実用新案登録を受けている考案の大半は、登録実用新案に値する考案として認められないこととなる。

併し実際には、左の如き考案が実用新案の登録を受けている。例えば実公昭五二―一六八九六号の考案は、その引用例としての実公昭三一―八九三〇号の考案と比較すれば、晴雨兼用靴の短靴と防水覆筒をフアスナーで掛止する基本的な構造は全く同一であり、ただ前者はスライドフアスナーを用いたが為に、そのつまみをかくす為の前覆いを付けたにすぎない。本件仮処分決定における「無効の蓋然性」の判断基準をもつてすれば、之は当業者の容易に考案し得るところであるとされるであろう。また実公昭五〇―一〇九一四号の考案は、その引用例たる実公昭二八―八三三四号の考案に比し、素材がスポンヂゴムと合成樹脂の差はあつても、共に気泡質の素材を履物に使用し、適度の弾性と強度を持たせ、軽快な適応性を与えている点で同じである。

更に実公昭五〇―一四六六八号のものは、その引用例たる実公昭二八―八一四九号と較べると、前者のゴム板の裏表両面に布地を貼着したものの表裏両面に塩化ビニールのコーテイングを施した点については、後者のビニール製胛被の裏面に布地を貼着したものが既に存在し、布地に塩化ビニールをコーテイングするか、ビニールに布地を貼着するかの差異に過ぎず、当業者の容易に考案し得るところである。

また実公昭二九―六四二六号の考案は、皮革の表面に貼着した布片に塩化ビニールを塗装しており、布片に塩化ビニールをコーテイングすることは既に公知と云えよう。

(四) 実公昭三三―七四六五号の考案は、スパイクの爪先頭部に耐磨耗性良好な金属片を溶接したに過ぎず、また実公昭二九―一四二三九号は、薄いゴム製の手袋の手頸部を蛇腹状としたにすぎず、いずれも当業者の容易に考え得るものであるが、このようなものについても実用新案登録がなされており、実用新案とはそのようなものであり、本件考案も前記諸例と比較しても、その新規性、進歩性は十分に認められるべき性質のものである。

二 仮処分の必要性について

相手方は、昭和五六年四月二一日付の家庭日用品新聞第一一一五号にイ号製品の広告をなした際、「お知らせ」と題して「さて先般ナツクス(株)(註、抗告人が経営する会社で本件考案にかかる製品を製造販売している)が当社得意先に対し、当社開発製造のスポンヂ底付洗濯ブーツが、ナツクス(株)所有の実用新案権侵害であるかのように営業防(原文のまま)害的な文章を数度に渡り配布してまいりまして……中略……当社と致しましても、特許庁に対し実用新案無効の審判請求中であり、今回の大阪地方裁判所の判決(原文のまま)により、実用新案権の無効は決定的と思はれますので……後略」との記載をなしている。

一審の決定が、仮処分の必要性の有無の判断において本件実用新案権の無効の蓋然性が高いとの違法な判断をなしたが為に、相手方が之を利用して、右設定の文言を更に歪曲して「無効が決定的」などと抗告人の信用を毀損する誤つた宣伝をなし、抗告人は重大な不利益を受けている。

また抗告人は、本件登録実用新案にかかる合成樹脂製水仕事用靴は当抗告人の経営のナツクス株式会社の独占販売品であることを広く宣伝して販売して来たところ、相手方から「物品目録」に示すイ号製品が多数販売されるので、抗告人が嘘で宣伝した如くに世人に解され、抗告人は甚しく信用を失墜することとなり迷惑を蒙るので、速やかに原審決定を取消し、仮処分申請を認容する決定をなされたい。

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